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関根デッカオ's 不肖動静

筆者の頭部に、大きさなりのはたらきを見せてもらおうという試みです。

ぽっちゃり論争に終止符を

随筆 猥談

 世に星の数ほど存在するであろう不毛な争いのなかでも、特に救いがないのが、ぽっちゃり論争ではないかと思う。悲しいことに「男の言う『ぽっちゃり』と女の言うそれとは違う」というような箸にも棒にもかからぬような話が、日夜大まじめに語られているのである。なかには「男の基準」とされるものを自発的に受け入れ、不要不急の悲壮感を漂わせる女さえいる。

 

 個人的な見解を述べさせてもらうとすれば、この手の語りに頻出の深田恭子に関しては、デブはおろかぽっちゃりにも値しないと認識している。篠崎愛なども、せいぜいぽっちゃり未遂の範疇だと思う。彼女らがぽっちゃりを名乗ろうものなら、また同様の判断基準を一般にまで適用しようものなら、諸々のパワーバランスが乱れるのではあるまいか。そこのところに、僕は大いなる懸念を抱くのである。

 

 この問題が生ずるゆえんとは何か。あれこれと考えてみた結果、僕は主観と主観がぶつかりあうがゆえに、しょうもない軋轢が生じるためというような結論に達した。ネガティブ、あるいはポジティブな評価を下すべく、個々人が言葉を使い分ける。その限りにおいては、未来永劫、人と人とが理解しあうことなどかなわないであろう。自らの嗜好を表明するだけなら、好きか嫌いかを述べれば足るにもかかわらず、やれデブだ、いや、あれはぽっちゃりだ、いやいや、普通体型だというようなところに話を誘導するようでは、まるでらちが明かないではないか。

 

 そこでひとつ、提案がある。いっそ客観的な基準を設定してはどうだろうか。すなわち、ボクシングの階級よろしく体重ごとの線引きをし、それでも不十分であるようなら身長やスリーサイズまで加味して、デブとぽっちゃり、普通体型とスレンダーとの境界を明確化するのである。ここのところをあいまいにしてきたばかりに、勝手気ままな自由裁量が横行してきたばかりに、不毛な争いの歴史が繰り返されてきたのだと思う。が、ただこれだけの手間をかけてしまいさえすれば、少なくとも表面的な論争も抑止されるように思われる。加えてAVのジャンル区分や性風俗店の棲み分けに関する諸問題まで解消されようから、一石二鳥である。法制化さえ検討されるべきではなかろうか。

 

 ただ一点、身長や体重などの申告が必要であることについては気がかりではあるが、とりあえずその点と目論みの甘さへの批判に関しては目をつむっておくことにしたい。同時に表立った議論の対象にすらなっていない男については、基準の採用を見送ることにしたく思う。