読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

関根デッカオ's 不肖動静

筆者の頭部に、大きさなりのはたらきを見せてもらおうという試みです。

あるオンの日に寄せて

日記 お店

 目覚ましの設定時刻を1時間誤り、当初の予定より24分遅れで起床するも、大事には至らず。労働がもたらす疲労感というのは、さしあたりアラームをセットしさえすれば、具体的な時刻の確認など経ずとも、気が済むようにさせてしまうものらしい。転居以来初めて、カーテンを引けない天窓から漏れる光に謝意を抱く。いや、むしろいちおうの社会人根性めいたものが醸成されてきたことの表れと取るべきか。どちらでも構わないけれど。

 

 みみっちい自宅を出て、キャンペーンに踊らされるアホな消費者を演じ、コンビニにて栄養ドリンクを8本購入。最寄り駅へ向かう。本来用いるべき定期券ではなく、IC乗車券で改札を通過してしまい、取り消し手続きのため、普段より2分遅れの電車に乗り込む。この体たらくであっても、職場に到着する時間は変わらないのだから、大都市圏というのは恐ろしい。恐ろしく寛容である。

 

 幾たびもの架電を繰り返し、すなわち幾たびものロレツ空転を繰り返し、午前を終える。あさぬまのビーフカレーは、今日も変わらず美味である。何度も何度も食すうち、ある種の安心感さえ覚えるほどになってしまった。こういう状態を、ある人は「病気」と換言する。

 

 午後、なかなか容量を心得ない仕事をどうにかこなし、退勤。地元などと呼ぶには、まだまだ気が引ける自宅近隣で、思いがけず餃子を食べることになる。これまた思いがけないあられに打たれつつ、小走りで目当ての店へ。突き出しであるところの相当にいけるもやしの和えものをビールで流し込んだ時点で、すでに腹は膨れつつあったが、一口大のメインは下降線をたどる一方の胃にも優しかった。

 

 愛煙家にはなれそうにもないながら、結果的にゆるゆる続けてしまっているタバコを2本ほど吸ったところで、翌日のことを考慮する大人の幕引きとなり、帰宅。飲酒時の喫煙に関して、一考を要することは自覚している。そういうつもりでいる。