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関根デッカオ's 不肖動静

筆者の頭部に、大きさなりのはたらきを見せてもらおうという試みです。

ラブホ婚前夜譚

随筆 猥談

 もうすでに誰かが言及しているのかもしれないけれど、ラブホテルと結婚式場というのは、相当に接近しているのではないかしら。そんなことを考えるのである。

 

 昨今、ラグジュアリー路線を標榜するラブホテルは、総じて白を基調としたいやに品のある外観を基本としているように思われる。日が暮れると、その偉容は下から上へのこれまたいやに品のある照明(彩度は抑えめ)でもって際立たされるわけであるが、なんでしょうね。釈然としない。というのも、内々に行われているはずの情事に対する免罪符じみたものを、あの光のなかに察知せずにはいられないからなのである。内装とて同じことで、よく言えばおしゃれ、率直に言えば味気ないものが増加傾向にあるような気がする。

 

 かたや結婚式場はどうか。似通っているのだ。だから、現にこうして困惑させられるのだ。白亜の巨大洋館は、やはり柔らかなライティングにより、闇夜にその姿を浮かび上がらせ、我々の目前に提示せられる。実数を知るわけではないから、無責任なことを書き立てるよりほかないわけだけれど、感覚的にはそういった結婚式場は少なくないように思う。

 

 残念ながら、結婚式に招待されるような機会はなく、祝儀を包む余裕もないので、式場の内部を目の当たりにしたことは皆無である。が、興味本位で調べてみれば、くどいくらいにシアトリカルを装いながら、万人に寄り添うスベスベ感、すなわち味気なさを伴うことが、よくよく分かる。照明には外づらと同様の思想が貫かれ、ところどころに植物、否、グリーンが散りばめられている。繊維製品は往々にしてひだ、否、ドレープが施され、シンプルな内装の差し色として機能している。上品にあしらわれた金属製品、否、ゴールドないしシルバーのきらめきが、けれんみのないアクセントを添える。シックなしつらえが大前提の現代風ラブホテルとの違いを見出そうにも、明らかに異なるのは照度くらいではあるまいか。少なくとも、グーグルの画像検索結果一覧をそれぞれ薄目で見てみたらば、両者の間に大きな断絶があるようには感じられない。

 

 憶測の域を出ないけれど、ラブホテルと結婚式場のスタイリッシュ方面における邂逅は、どちらがどちらに寄せたというような事情ゆえのことではないと思う。そこのところが、なんとはなしに不気味だ。家族葬しかり、人前式しかりで、冠婚葬祭におけるコンパクト至上主義を否定できぬいま、究極のコンパクト婚は、新郎新婦のベッドインのみにより果たされてしまうのではなかろうか。もう、ラブホテルで済ましてしまえばいいのではあるまいか。経済的な優位性は、論を待つまでもないわけであるし。そんなふうに思われてならない。

 

 さて、最後に個人的な希望を記しておきたい。やはりラブホテルはスベスベしたところで仕方がない。昔日のゴテゴテ感を、享楽的な空間を取り戻してはくれまいか。最低限、ベッドは円形のものとし、下部にモーターを仕込んでほしい。下品な調度品をドカドカ陳列してほしい。そう切に願うのであるが、結婚式場なみとまではいかずとも、利用する機会がなさそうなのが、悲しいところである。