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関根デッカオ's 不肖動静

筆者の頭部に、大きさなりのはたらきを見せてもらおうという試みです。

短髪所感

随筆 文句

 調髪に行ってから、1週間あまりが経過した。およそ2年ぶりの短髪は、従前と違った作法で接する必要があるので、まだどうにも慣れない。それどころか、ロン毛の機能性をいやほど痛感するばかり。短髪は僕にとって、大いなる問題をバリューセット的にはらんでいるのである。

 

 まずは経済的な問題。調髪の回数が増える。ロン毛の頃ならパーマを当てていたから、1回あたりの出費は大きかったが、その代わりに美容院を訪れるのは半年に1回くらいだった。これが短髪の状態をキープしようとなると、2、3ヶ月に1度は重い腰を上げ、鏡の前でされるがままにならなければならない。結局、トータルで考えると短髪の方が高くつくのである。お世辞にも暮らしぶりは豊かとはいえないから、この現実はなかなかに厳しい。

 

 毎朝のセットが求められる点もよろしくない。パーマが当たったロン毛であれば、少々の寝癖は寝癖と認識されないから、朝も水でワシャワシャとやるだけで事が足る。しかし、短髪だと寝癖はしっかり目立つため、それをまずどうにかし、ワックスをこねくり回し、ある程度の状態を作り上げなければならない。これだけでも面倒臭くてならないのに、スタイリングなるものはいともたやすく崩壊するから、出先でも折を見てちょこまかやらないとならない。つまるところ、維持管理が肝要なのだ。ロン毛時代、あれほどせせら笑ってきた公衆トイレの鏡を長時間占拠する若手営業マンらしきの姿も、いまとなっては納得がいってしまうのである。

 

 さらに加えると、防寒面。寒い。ただ単純に寒い。首元を覆っていた髪は、マフラーとしての役割を存分に果たしていたわけだ。

 

 「髪を短くすれば楽になる」などと人に言われはしたけれど、とんでもない。あんなのは大ホラもよいところである。利点として実感があるのは、洗髪が容易になったこと、そのくらいではないかしら。梅田の喧騒のなか、人と待ち合わせをするにしても、周囲に埋没するがゆえ不便になったし、とにかく短髪はろくなことがない。早々にモジャモジャ回帰を果たしたくてならない。