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関根デッカオ's 不肖動静

筆者の頭部に、大きさなりのはたらきを見せてもらおうという試みです。

無職へまっしぐら

随筆

 現職に籍を置ける時間も、残すところ1週間となった。相変わらず、次なる進路は未定である。が、しかし、ここへ来て妙な落ち着きのようなものを感じている。言い換えるならば、悲愴感が主体性を欠いてきたように思う。困ったものである。いや、果たして本当に困ったものなのか。

 

 つい半月ほど前までは、「収入の途が絶たれる!怖い!死ぬ!終わり!チーン!チャンチャン!」といった具合に、来たるべき無職時代に対して、それはもう愚直なまでにおののいていた。やけを起こしては麦の水割りをこぼし、濡れたままの着衣でベッドに潜り込んでいた。酒を飲みに出た先で、麦の水割りを頼むも芋の水割りを供され、やけになりもした。でもって、いまがどうかといえば、不思議とそんなことはない。もちろん、何らかの目途を立てなければならないのだが、そこへ至るにも「うっわぁ、こいつあかんなぁ」というような、第三者的視点を経由するようになってきたのである。麦の水割りこそ、変わらずチロチロこぼしてはいるが、ただバカ正直に悲嘆に暮れていただけでは、こうはいかなかったのではあるまいか。そんな気がしている。

 

 一時、無職状態での転居を考えたこともあったが、そこに関してもいくらか冷静さを取り戻せたように思う。我ながら、いかようにして未来の大家の信頼を勝ち得ようとしていたのだろうか。詰問したくてならない。隣人関係に問題を抱えているとはいえ、ここはひとつ、大阪の地に踏み留まることを最優先課題にせねばなるまい。当座をしのぐ方法については、未だ具体案が見えてこないわけであるが、もう少し先の方に目をやってみれば、実家に帰ることは諸々の障害をはらんでいるから。深夜、地響きのごとき打撃音に安眠を妨害されたとて、珍妙なポコポコミュージックがペラッペラの壁よりしみ出してきたとて、いまは忍耐あるのみなのであろう。現住の物件を選択してしまった以上、仕方のないことである。

 

 と、ここまで、僕にしては気味の悪いくらいに、現況に関して光明を見出そうと試みてしまったわけであるけれど、他方で預金残高が日を追うごとに漸減していることは、疑いなき事実である。4リットルの安焼酎を買ってきて、悦に入っている場合ではないのである。他人ごとではないのである。そこのところを注視しつつ、どうにかしていかねば、そんなふうに思っている。