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関根デッカオ's 不肖動静

筆者の頭部に、大きさなりのはたらきを見せてもらおうという試みです。

ミナミに沈む

日記

 大阪・ミナミの雑踏に揉まれる機会が、立て続けにあった。以前からその気はあったけれども、ここ最近はとりわけ人酔いと形容されるような反応が顕著で、なるだけすれ違う人々と目を合わさないよう、ピントをはるか彼方に設定することをもって対処としていた。知らない人の顔が切れ目なく現れは消え、現れは消えしていると、言い知れぬ不安感に駆られるから。が、南海・なんば駅前や心斎橋筋においては、そんなごまかしは通用しない。ただでさえ人の多いところに、海外からのお客様まで大挙なだれ込むいま、あのあたりは街そのものが情報過多なのである。

 

 あんな顔、こんな顔、なかには好みの顔がないわけでもないが、芳しい印象をしっかと噛みしめる猶予すら与えられぬままに新たな顔。顔。顔。まあなんとくたびれたおっさんであろう。頭のなかが、みるみる逼迫してくるのが分かる。これではいかんということで、人と人との間を縫うように、半ば無理やりにメインストリートから路地へと外れ、少しでも平静を取り戻そうと試みる。それと引き換えに、ある事実が厳然と僕の目の前に提示されるのである。つまり、あの雑踏をなすめいめいは、まあ少なからず何らかの方法で、立派な経済単位となっているということだ。これは大事と言わざるを得ない。

 

 彼らの多くは労働者であり、消費者であり、なおかつ優秀な納税者なのである。そのうちの何人、何十人、何百人かが、自ら主たる家系支持者となって家族をつくっていることは、こちらからもうかがい知れるところである。おそらく彼らには、赤の他人であるところの配偶者の親とも上手にやりあう能力が備わっているのであろう。いやあ、ちょっとやそっとでマネできる芸当ではありませんね。最大限の賛辞に浴するべきだし、同時にすさまじい馬力を感じずにはいられませんね。

 

 どうも今日は飲みすぎてしまったようだ。酒に強くはないと知っておきながら、ペースばかり早い自分は、本当に始末が悪いと思う。この勢いそのままに、彼ら彼女らに人生訓を請うだけの度胸があれば、まだ救いもあったのかもしれないのだけれど。ともあれ、雑踏をやり過ごした先で食した、はり重カレーショップのビーフカツカレーは、今日も変わらず美味なのであった。